2013年09月21日

泡盛以前の酒

泡盛以前の酒

写真は、ネットで販売されていた宮之鶴の帽子です。

かわいかったので、写真を拝見して掲載しました。

どこかが、仲間酒造の協力を得て商品化したんですね・・・かわいい!

でも酒造所は、PRされても、酒はたくさん出せません・・・。

お願いですから、古酒を出して欲しぃー。


さて、タイトルの「泡盛以前の酒」を考えたことがありますか?

沖縄では、明治まで口噛みの酒が残っていて、祭事の酒として、

使用されていたといいます。

そう、ここ沖縄では、泡盛以前の大昔、

酒は「口噛み酒」が主な酒だったということです。

時代的に、世界の酒にはワインなどの果実酒もありますが、

アジアを中心とする穀物主食の地域は、

主に、口噛みの酒を造っていた記録が残っており、

日本では米の伝来と共に、口噛み酒も始まっているということですから、

古くは、縄文や弥生時代、紀元前3世紀ごろに口噛み酒が始まっていたそうです。

日本の酒の歴史となると、それ以前の紀元前3~4000年に、

果実酒など、糖分が自然発酵して酒になる酒があり、

造ってい飲んでいた形跡も、遺跡で見つかっています。


米の伝来は、蒸留酒の伝来同様、諸説あるそうですが、

大陸説、琉球・台湾説、朝鮮説、複合説、など4つの説があるとか・・。

そして、口噛み酒も、始まったのでしょうけど、

よく聞くのが、未婚の女性が、米を噛みデンプンを醗酵で、

糖化する作業の一役を負った話。

唾液の酵素が、デンプンを糖化するのは、ご飯を食べると感じるのですが、

その噛む工程が、酒造りの元。


このブログでも紹介しましたか?

麹(こうじ)の名前の由来も、

コウジ⇒カウジ⇒カムタチ(噛む断ち)から来た話もありました。

噛む事をしなくても良くなった・・・女性の仕事が、麹の名の由来ですから、

口噛みは穀物酒の原点ともいえます。


ここまでは、酒好きなら、分かる人もいるはずですが、

はてさて?・・・口噛み酒って、何度くらい?と聞かれると、

ビールと同じ5度?あるいは、もっと高い度数?

想像していまいます。


でも、実験では、そんなに高くなかったとか。

その話は、続きで。


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Posted by 住職 at 00:00│Comments(3)酒造所
この記事へのコメント
宮之鶴は30度でも古酒にしたいと思える酒ですね。夏場でも澱がしっかり出ていて、旨味成分たっぷりな感じです。ただ、新酒段階でかなり美味しいので、古酒化でこのバランスを凌駕出来るのか?という、楽しみな?不安があります。

口噛み酒は、南米だったか(うろ覚え)の先住民がトウモロコシの口噛み酒を造っているのを、子供の頃にNHKのTVで視た覚えがあります。当時は正直、気持ち悪いと思いましたが、何てことない、自分の受け継いだ文化の中にも存在していましたね(笑)。

そのTVで紹介された先住民の社会でも、酒造りは女性の仕事でした。噛んだトウモロコシを素焼きの壺に入れて発酵させていましたよ。
Posted by ボーダーK at 2013年09月22日 21:04
宮之鶴、すっかりプレミアものになりましたね

三合瓶が二千円弱でした

ちょっと残念な気がします
Posted by Ai-Nyai at 2013年09月24日 16:33
ボーダーさん久しぶりです。
そうですね。南米にも口噛みはあったですね。
女性の仕事と言っても、噛んだものを出す作業に、
不潔さを感じるます。
飲む側のほとんどは男なのに、勝手な言い分ですね。

何かのサイトには、
綾瀬はるかなら、いい!という意見もありました。(笑)


宮乃鶴の話。
宮良の商店では、いつでも定価ですが。。。
Posted by 住職住職 at 2013年09月25日 08:18
 
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